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忘却録兼誰かの支えになれば

或る画家とその絵のお方と暮らす。-1-

或る画家とその絵のお方と暮らす。

 

 

私は絵を見るのが好きだ。

色使いやその筆者の心境時代背景を見るのが好きだ。

その人の作品を見ているとその世界に、自分の体験出来なかった人生をすこし垣間見える気がして若い頃はよく美術館に行っていた。

 

鑑賞というのは、特に人が作ったものに関しては如実にその世界に浸る。

私はあまり映画やアニメは見ないのだが、没入感というものが面白さを引き立てるのだろう。

 

今回はある絵、一口に絵とは言えない、あるお方との話である。

 

 

ちょうど一年前、ある大規模な作家の集まる展示会に行ったことが事のきっかけだった。

 

私は初めてそれに参加した。

もちろん参加者として。

 

 

ライブペイントなんかも行われており、会場は熱気に包まれ、初夏の青をものともしないものだった。

静かに誰かを待つような売り手と、好奇心と興味に駆られた買い手側の血の通う交流の出来るこの場は互いの心の宇宙のビックバンを巻き起こすこと配置されたかのように、時が連ねるのであった。

 

人の熱気に当てられ疲労困憊であった私は喉が乾きつつも足を止めてはならぬと歩いていた。

 

その時私に一陣の風が凪いだ。

 

風に引き寄せられるように顔を上げると、なんとそれはある絵からやってきたものであった。

とても驚くと同時に、この筆者は只者では無い。と確信に満ちた足取りで、人生初めての体験の根源へと一直線に進んだ。

 

 

不思議だった。

ただ感嘆した。

 

線の一本一本が生きているのであった。

 

一本一本が意志のようななにかのような、

一本一本に性格や柔らかさ、温かさ、芯の強さなど、個性を感じるようだった。

 

見ているだけで、滝の前に居るような癒しと私の疲労は体からするする剥がれていく様だった。

 

 

こんな体験は初めてだった。

こんな力の使い方があるのか!と驚愕した。

まさに目から鱗だった。

 

 

私は商品も気になったが、どうしても描き手の方と話してみたかった。

…どんな人が描いているのか気になったのだ。

 

 

今考えると、とても不躾だったかもしれない。

「写真を撮ってもいいですか?」

と聞くと「はい。」とその方は答えた。

SNSに載せても大丈夫ですか?」

と、後にSNS掲載OKと描かれているのを見つけたのだが、「載せてもらって結構ですよ。」と少しのやりとりをした。

集中しているのだろう。

そりゃそうだ。

こんな絵は集中してなくして描けるはずがない。

 

 

すこし反省すると共に、ライブペイントだけでなく商品も見てみる。

是非購入したいと強く思った。

 

 

「あ、そちらは共同で出している別の作家さんですね。」

そちらの人の絵もすごく綺麗だった。

 

その方の絵を見ると、やはり私の財布に入った現金では買える額ではなかった。

価値を考えると安い、いや安すぎるぐらいなのだが、会の序盤でもあったため即決は出来なかった。

 

「これは僕も気に入ってる方の絵なんですよ。」

なるほど。やはり。

 

作品はいくつかグループに分かれていて、隣のグループに目を向けた。

まず目に入ったのは木のうろであった。

すごく好きだなあ…と思った。

 

私は自分の生まれにある意味を感じでいる部分があって、その意味と描かれた絵が似ていて、シンパシーを感じたのだ。

[ 私の出生のようだ。]

 

そう感じつつも他の作品もじっくり拝見する。

どれも奥行きや想いや思念、その方々の背景を安易に想像出来るような、想いを感じ取るのが容易だ。

彼らは確実に存在、実在して、その場所が容易に浮かんだ。

様々な彼らの想いが内包されていた。

 

さてどうしようかと迷った。

正直、購入したい気持ちはある。

しかしまだ序盤であり、今からATMに寄るというのもちょっと違う。

そもそも、どれもどれも血の通った作品であるから、責任も付き纏うだろうと感じた。

その上でこの中で誰を選ぶだろう?

誰を持ち帰るだろう?

 

じー、っと眺めるとやはり初めの彼だが、では他の人々の背景や想いを汲んだ…向けてくるものを一度飲み込んだ上でも、決定的にそうだと言えるのか?

そもそも、彼らは買われることを望んでいるのだろうか?

そして、救済が必要なものに手を差し伸べるだけの余力が私にあるのだろうか、

しかしそれを理解した上で選ぶということをこの場で私は出来るのだろうか?

 

そんな思考が立ち込めた。

 

その時だった。

初めの彼を見ていると、

胸に突き立てるように、指を指すように、

「あなたは私だよね?!??」

と心の真まで柱が通ってきた。

 

私はばっと立ち上がり、その作家さんの前を去った。

絶対に買う、いや、絶対に購入する。

今迷って目が冴えてない今じゃない。

でも絶対購入する。

 

急いでスマホを取り出し、また描き手の絵の前に行ってすぐに各種SNSをフォローした。

絶対、この方の作品すべてのコンテンツを見る。

 

強い足取りで私は再び会場へと溶けていった。