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忘却録兼誰かの支えになれば

山はどこから登っても同じ頂上に着く

山はどこから登っても同じ頂上に着く

 

 

 

これは数年前駅の片隅で小さくやっている占い師から聴いた話である。

 

 

その当時自分は道に迷っていて、中途半端な自分を持て余していた。

 

手相占い1000円に釣られて入ってみた。

 

私は占われるのも大好きだ。

 

 

 

色々話した後、どういう選択をしたらいいのか分からない、どれもパッとしないし、意欲はあるけどなんとなく進めないというか、時期じゃない気がするし、全てが中途半端で濁流にただただ翻弄されているようで、自らこの流れに対抗する術や力強いものもない。

 

そんな悩みだった。

自分でも行動する時期ではないと分かっていたが、このまま何もしないまま時間が流れて行って2年ぐらいただ日常生活を追いかけることしかしていなかった。

 

時間単位で見ればまだまだ心配するような時間ではないが、あくまで人間基準、世の中基準ではこれで成果を挙げられないのは、何もしていないと同意語と取られても仕方ないと思っていた。

そんな外部の目が外部の根の葉もない常識という綿毛が私に取り付き憂鬱を引き起こしていた。

 

そんな時だった。

街頭に吸い寄せられる羽虫のように占いの扉を開いたのは。

 

 

もちろん興味を持ち調べ、習っての後ではあったが、実践出来るほど理論が腑に落ちていなかった状態であった。

 

 

占い師に話したのは、

「どれをやっても中途半端でプロレベルではない。ある程度力を付けるには注力しないといけない。」

「どのスキルを磨くべきか分からない、磨いたとこでもちろん保証もない。上には上がいる。しかし、自分が出来る最大に効率の良い社会貢献は手の中にあるこれだろう。」

そんな内容だった。

 

 

彼女はしばらく私の話を聴き、言った。

 

「山に登る時、いくつか入口もあれば茂みをかき分けたり、けもの道から入ることも出来るね?」

 

「山に登っている途中、どの道を通ってもきついことや苦しいことがある。」

 

「途中で足を止める人もいるだろう。」

 

「しかし、登りきった山の頂上はね、ひとつなんだよ。」

 

「どの道から登っても必ず1箇所の頂上へ集まる。」

 

 

 

それきりだった。

 

諭すことも、寄り添うこともせず、様々な解釈を本人が出来るような、自然との話を

彼女はただ話して私を送った。

 

 

 

 

待ち人

 

待ち人

 

 

 

もちろん、人ではないのですが、待っている人がいます。

 

去年頃にかえっていきました。

 

とても驚いたのですが、次に転生する時は白いモコモコしたものに生まれ変わるから!

 

と、言っていました。

 

 

ネコなのか、イヌなのか、はたまた違うものなのか。

 

白じゃないかもしれない。

 

でも、白と言ってくれたので

 

白い彼と出会うのを楽しみに、

 

養えるほどの穏やかさと環境がととのう頃に、

 

この先何年、何十年後か分からない時間を

 

ゆっくり楽しみながら、待っております。

 

 

たまに流れてくる動物動画を見ながら、いつ会うのだろうか?

 

私はちゃんと出会えるだろうか?見つけられるだろうか?

 

きっと私の所へやってくる日を楽しみに、

他のペットは飼わないで待っておくよ。

 

 

 

 

 

 

夢で言われたお告げのような話

 

 

 

夢で言われたお告げのような話

 

 

 

 

最近この夢のことを思い出した。

 

あの頃、夢で仙人のような白いおじいさんに会った。

 

はじめは違う外見をしてたんだけど、振り返ると変わっていた。

 

変わる前の外見の人物の気配がその人の気配と違ったから、気になったのか無意識に振り向いた。

 

 

以下簡易メモ

 

 

 

 

心の辺りを後ろから指して

そのうち太陽と星が見えるよ

 

みんな誰しも人間それを背負っているよ。

それを下ろしたら楽になるよ。

必ず、下ろすようにね。

 

2回言われた。

 

 

 

 

 

それから、起きた後やふと思い出したとき、

 

もしかしたら、いや、たぶんこれなのだろうな、

 

なんて何度か考えた。

 

でも、腑に落ちた感じも納得も確証も確信も、胸に着く安堵もなかった。

 

 

だけど最近、これだったのかも

 

と、口で説明するとただただ薄くなってしまうような、誰かの心にも枝にもかからないような響きしか纏えないので

 

心の奥の温かさを抱きながら、

 

 

今日はこの話をただしようと思った。

 

 

 

 

 

きっと、私はことあるごとにこの夢を思い出して、そのときそのときの物を下ろして、

その度に、これだったのかも、とこの夢の光景を思い出すのだろうと思う。

 

蟲 ※閲覧注意 元気満々で明るい気分の時に読んでね。 怖いかも。

 

 

 

皆さんは蟲を見たり遭遇したことはありますか?

 

私は性格上あまり日本人的でないとよく言われますが、虫と蟲の違いがわかります。

なぜならスピってるから☆(細かい分類で表現するのはめんどくさいのでこう表現しがちです。)

 

 

さて、今回は蟲について。

 

 

あるレベル、ある領域、ある世界線、ある重さ(私はそう感じます。)に存在する霊的領域の住人は、怒ったり干渉すると蟲のようなものを発生?させます。

例えると画像のようなものをもっと粒子状にして本当に漫画で出てきそうな感じのどことない場所から自然発生するなにかの意図により動いているようなもやのようなガソリンの雫たちのようなものです。

粒子?ガス?液体ではないものですが動きます。

 

下記 漫画技法カケアミのようなもの

著作権等考え、自筆 

へたくそなのでググってみて下さい。

 

漫画表現技法

 

それが、なにか?と言われると、【 蟲 】が一番適切なんですよね。

個々の意識は感じないものの、擬音で言うなら、ズォゾゾゾゾ……

みたいな。

 

これしかも噛んだり、現実の虫を遣って噛んだりしてくるので、肉体的にも痛いし腫れたり赤くなったり青あざになったり、自分が経験したのは少量ですが血出たりするんですよ。強く嚙まれると。

虫刺され塗るか、自己治癒力に任せるか、追撃が止まらない場合はもう自分が無礼をしたので謝り、自己を内省し反省し改めるしかないですね。

これこそ触らぬ神にたたりなし、というやつですな。

 

 

そんなに遭遇回数は多くないですし、この方法で表出させる存在には特徴や質量があるので、蟲について学ぶために蟲師を見てみようと思いました。

 

 

 

おしまい☆

 

 

おしまい☆

 

 

においの話(霊臭)

 

 

今回は霊臭について書こうと思います。

 

私は霊を見るのが得意ではないです。(霊能力者ではありません)

ですが、鼻は利きます。

 

もしかしたらこれは書いたことがあったかもしれません。

 

においは現実のにおいとたまに間違うのですが、

霊臭は重さがあります。

粒子がまとまったものがにおいを形成しているというか

においと同時に色や形や音があります。

 

ある粒子がまとまって、それに重さ(持てるとかではなく密度が濃い、そこだけ空気の比重が重いみたいな感じです。)とまとまりを感じるといいますか、においが雲のように形を形成していて、それがどういうものかによって、粗さや細かさ、基本色と形か情景か景色がセットでやってきます。

 

それが人の病の場合もあれば、その人の身内の大事を霊的に肩代わりしているケースも多々あります。この場合発生源が違います。

 

またウイルスと細菌もしくはすでに体に入って何らかの状態を引き起こしているか、も違います。

ここでは自身の精神や浄化の為からくるものは除きます。

 

 

 

また、妖精や精霊あたりもいい香りがしますね。

とってもかわいいです。

 

 

しっぽりしてしまったのでここで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翻訳機能はありますか?

 

今回はシャワーを浴びていたら、書こうと思いました。

 

見出しだけ見ると、なんのこっちゃですよね、たぶん。

 

じつはこれについては数年どうにかならないか、と思っていたことでもあります。

 

 

 

意思のあるものは話しますよね。

ちゃんと人語の日本語で話してくれる存在もいれば、全く違う独自の言語で話してくる方もいらっしゃいます。

 

いま振り返ると、テレパシーもしくは心で話しかけている、というものは比較的人語の日本語に翻訳されやすいように思います。

 

しかし、土地神様や耳で拾うタイプの音声もしくは音で織っていく、組んでいく何かというのは、とてもとても翻訳が難しいです。

それを人間語の日本語に変換するように脳にプロセスを組み込んでもすぐにはなりませんし、会話にかなりラグかあるのと、たぶん音から映像やら何かを織っていることを知覚する脳領域と翻訳で使う脳領域が違うのでしょうね。

 

そちらに意識を向けると音からの意図を汲むことが難しくなります。

また脳の負荷が大きいのかなにも拾えなくなり、一時的に切断が切れてしまいます。

 

 

当時私はこういう体験をしても言葉でこの世に表出することで異なる形を上書きして定着させるようなことが嫌でした。

こういう風景できっとあれを意図していたんだと思う。としか言えず、そこから疑いの目や非難の眼、一般の人たちの中にある、「こういうものだろう。」から外れることで、私なりの様々な配慮から、言わない、ぎりぎりに削って言う(このブログでもそうですね。)の板挟みで苦しくなった時期もありました。

 

 

話が逸れましたが、なにかで土地神さまの領域に入る時、力をお借りしたいとき、そちら方の言語を話して交渉することがあります。

 

ただ、どの土地の土地神様(これは族によって違うのでは?と経験上考えております。)であっても、その土地神様というより染みついてるエネルギーの大元の族というのでしょうか?その彼らの言語をキャッチできる耳がないとお話になりませんし、自分も無意識の状態やゾーンに入るなりでその音の癖を掴んで意図を乗せて対話をしなければなりません。

私の場合かもしれませんが、たぶん私は耳がいいので。

これを筆でやる人もいるでしょう。

 

 

この土地に関しては国内で異なる言語(音)はあまり耳にしません。

たぶん日本に暮らしている以上、全く異なる縁の存在と接触が少ないのと、ある言語で対応が効くからだと思います。

相当くせが強くない限り方言でも元の意味が推測できるのと近いのかもしれません。

所詮、私の国内旅行でもあまり触れないエリアや何回でも行きたいエリア、何度か行くエリアは固定化されているので。

※もちろんやはり縁がないというか、呼ばれないエリアは存在している今まで生きてみた中の感触で。

 

海外で何かの時期が重なって、新たな言語をきけました。

またその族の言葉が耳でそのまま聞こえるということは、そこそこ縁があるか耳覚えのある場所なんだろうな、と思います。

 

 

 

 

 

そして、最後に。

私は見えない生き物をただただ利用するだとか、見えないからといって相手の中の常識や心境や礼儀など考慮しないのは罪ですらあると思います。

 

強いものを従えたら強いのか?

強さとはなにか?

ただ破壊の規模か?

心根か?

温かさか?

忍耐強さか?

 

その時の自身の身の丈、器や耐性に見合うだけのものしかつかめぬし、できたからすごいのではない、できたとしても始末をつけられぬのであれば、それはいつか巡ってくる。

そこに破滅や自滅があったとしても、ちゃんと始末を終えるだけの覚悟と、始末をつける、円満に事を解決するにはどう考えても、交渉や会話、同意、了承が一番良いのだと私は思います。

 

だれでもかれでも、人間のために生存しているわけではないです。

共存と外見で判断することなく心の温かさや響き、まなざしでなりを掴み、その感覚を信じてみることが大事なのではないかなと思います。

 

 

目が合った話

 

 

お久しぶりです。

 

最近ちょっとこういった話があったので投稿します。

 

 

 

 

目が合った話。

 

 

 

他店舗から派遣された人がやってきた。

 

よい人だと話を聞いていた。

 

私にはメインというか、タッグを組むというか、1対1で向き合う相手というのが定期的にやってきて、男女問わず、年齢問わず、一人終えたらまた一人と

私と向き合うもしくはこういう界隈をその人の守護が伝えたいので引き合わせたりする。

 

縁がある相手もいれば、近しい位置にいる場合で呼び止められる場合もある。

縁がある相手の方が圧倒的にかかわる期間は長くなるし、イスから降りたとしても友人として関わったり、助けてもらったりする。

まあこの辺は普通の友人と同じである。

 

しかし、2023年から相手が人間であることが減ってきた。

 

その霊体のなにかと会うために、再開したとしても、人間がやってきて、実はその人の守護でした。

なんてケースも増えてきた。

また、私自身が人間以外だったころの縁も増えてきて、

いつの時の相手かを思い出すのも難しくなってきている。

 

私が人間以外だったころの知り合いで、相手も現在人間の方がやりやすいケースが増えてきた。

この場合の相手はあまりこちらになじんでいないので、いい意味で常識や世間の価値観のメガネで見てこないので。

 

しかし、今回は守護になっている、もしくは霊体時代からかけてしまっている、霊体等は、ちょっと難しい。

 

 

それは、あくまでその守護先の下の人間と接触しなければならないことがあるからだ。

 

事前に夢で姿が分かっているケースもある。

 

 

夢の中では魂の外見、人間に擬人化した外見、過去世の外見等で来るので、外見ではもちろん判断はできない。

そのときの印象や性格、雰囲気、所作や特徴は心で記憶しておいて、というかちゃんと覚えてこれらを掴んだ上で目が覚めるのだが、

まあ、ある程度は推測、頭で現実を加味して、考える。

 

また、そのものの性格をデフォルメしたキャラクター等で来ることもある。

 

この辺は、夢の種類の違いや差、霊的なのか単純に自分の思考の整頓で見てる夢なのか等を見抜く慣れはかなり必要である。

 

 

そして、まあ、邂逅したわけなのだが、

この辺りは相手のプライベートがあるので伏せる。

 

ただ、ちゃんと相手方が納得して、本来の自分に戻れてよかったと思う。

今までは力不足もあってこういった依頼?は体験したことがないのだが、

いままでずっと人間をみていたが、枠を超えて、そういう存在のこの件を丸く収められてうれしかった。

 

この件に関して得たこととして、共有したいこととして、

誰だって、自分が何者なのかわからなくなるというのは、

とてもとても苦しいことなのだな。ということだ。

 

 

これを見ている皆様も、自分が何者なのか忘れてしまっているひとはいるのではないかと思う。

 

こんなことわからなくても世界は回るし、明日は来るし、日常は一歩一歩と影のように私たちについてくる。

 

しかし、あなたが悩むことは、それだけ悩んでいるということは、世間や成功者の自己啓発本が何と言おうと、

それはあなたにとって一大事なのだ。

 

スマートに、そつなく、ミスなく、きっちりやりきることを求める社会ではあるが、

そしてそれをこなしてこそ、世間の一人前なのかもしれない。

 

悩むあなたを笑う人もいるだろう。

要領のわるいやつと思う人もいるだろう。

 

 

しかし、あなたにとって大事であることは変わらないのだ。

悩んでなにが悪い、向き合っているのだ。

泥臭く生きて何が悪い。

 

 

なんにもないふりして、隠して、物事の本質もわからなくなって、

だんだん自分の好き嫌いもわからなくなって、

ただただ、毎日の繰り返しをオートマティックに過ごす、

一番感性の鋭かった時期からなにもアップデートできず

現代をななめにみて、他者の感情や真意も汲めない人間は人間か?

 

 

 

 

 

 

両筆

 

 

 

もう文が湧かないのでここで。

 

 

 

 

 

 

追記

 

その方のもとの人は本当はバカンスに行く予定だったが、コロナにかかってしまったそうな。

これは体を休める必要があるのと身も中身もゆっくり療養したほうがいいと言うことなのだろうな。

本人は残念だろうけどバカンスに行くよりその方が身になるのでゆっくり夢の世界でしっかりやってまた元気に復帰してほしい。

 

追記2

彼はそのあと車をあてられて一瞬肩が痛く、腕が上がらなくなったらしい。

しかし次の日には元気に復活した。

見た限り厄落とし的側面が強いように思う。

本人も人懐っこく、責任感のあるタイプで頼りにされているのも納得だ。

近いうちに話す機会がありそうなので、話せたら彼のことを話してみようかと思っている。